精神科で…

今日は3時から子供達のかかりつけの精神科の診察があり、病院へ行く前に自立支援医療受給者証の有効期限が7月で切れてしまうから、更新の為の診断書の用紙を貰いに区役所に寄ってから、病院へと向かいました。



病院が市外なので、診断書の様式が違うので、毎回区役所まで行って診断書の用紙を貰って来なければいけないので、ちょっと面倒…



それでも、診断書は二年事に提出すればよくなったので、楽にはなったんですけどね



区役所に行ったら、自立支援だけの診断書にするか、障害者手帳用の診断書にするかと尋ねられて、手帳の方は手帳と自立支援の両方の申請が出来ると聞き、障害者手帳の診断書の方を貰って来て、医師に渡して来ました。



病院で診察室に入った時に最初に医師から言われた言葉が



「疲れてない


「いつにも増して疲れた顔してるよ」





“やっぱり出てるんだ…”



言われてから気付くと言うか、疲れているのは自覚をしているのだけれど、



“そんなに私、顔に出てるのか…”  と…





自分自身を酷使し過ぎると、うつが出てきちゃうから、気を付けなくては…

風邪気味で尚更だったのかな



帰りのバスに乗ろうとした時、“○○行き”と言うバスが来て、いつもなら躊躇することなく乗り込んでいるのに、何故か“あれ”と考えてしまい、確認してから乗り込んだような状態でした…


“そのバスは普段から本数が少ないので聞き慣れないからか、最近はバスに乗る事も少なくなったのと、最近利用していたバスは逆方向から来るバスだったからか…”



等と考えてはみたものの、脳の働きが鈍いと言うか、判断能力が遅くなっていると言うか…



とにかく、“マズイなぁ…



と、実感してしまったのでありました…


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面談&家庭訪問

今日は午前中にフリースペースの面談に行き、午後から家庭訪問があって、バタバタした1日でした




フリースペースの面談では、長男の中・高での様子や家庭の内情、下二人も通えるように下二人のことも話して来ました。


1時間くらいは話していたかな…



所長さんは



「アスペの子はよいものを持っているので、子供達のよい面をどんどん引き出してあげるのが、私達の役目だと思っているので、一緒に頑張りましょう」




最後にそうおっしゃってくれました。




父親と子供達との関わり方や、三男に対して人権否定をするようなことを言うということも、

「離婚は


とも聞かれて、今はまだ出来なくてもいずれは…ということまでも話しをして来ました。



フリースペースに行く日と言うか、この日に行くと決まったら、前もって電話を入れて、初日は私も一緒に行くことになりました





に帰って来て、ちょこっとだけ掃除をしてと言うか、ちょこっとしか掃除が出来ずに中学の個別級の先生が家庭訪問に来ました。



二男は修学旅行に行かないことになりました。


本人が行くのを拒んだんです…



結局、本人の意思を尊重。



三男は7月にある郊外学習は行く方向なので、徐々にでも学校へ来るようにと言うことでした。



我が家のわんこが妙に先生になついてしまい、顔を舐めたがったりと、邪魔ばかりをしてました





なんだか今日は体調がすぐれないと言うか、午後から頭痛がするようになり、薬を飲んでも痛みが完全に消えないし、鎮痛剤を飲んでいるからか、熱は高くならないけれど、ダルさもあるし…



本格的に風邪になってしまったかな…




明日は早番で午前中から出勤だと言うのに



ここのところ、布団に入るのが12時過ぎていて、下手をすると2時頃だったりするので、今日は早目に寝て、風邪をこじらせないようにしなくては…



布団に入ったのは良いものの、なかなか寝付けず、あっという間に3時・4時だったりするんですけどね…


行って来ました!

一か月待ちのフリースペースへの見学&説明会に行って来ました



自然の中でいろいろな事を体験し、学び、その中で自分自身を見付けて行くそんな場所だと思いました。



何をしようが制限や禁止がない。



その代わり、自分でやった事は自分の責任。


社会のルールは自然と身に着く。



障害があろうが、健常者であろうが、そんなことは関係ない。






「親が子を心配し過ぎて、逆に子は息苦しくなってしまう」


そう、おっしゃってました。


確かにそうかもしれない。




「死ね」



等と存在を否定するような言葉や態度はしてはいけない。



それはごもっとも。



家の中でも社会の中でもそうですよね・・・・




「死ね」


と、子供達は良く言います。


「それを言ったら罰金だからねっ


と、ルールを作っていた時もあります。



ですが、存在を否定するような言葉を主人が口にするので、当たり前のように口にする子供達。





そうではないと思ってくれるようになってくれれば・・・・












長男は最初



「小学生くらいの子が来るとこで、高校生くらいの子なんてあんまり居ないんじゃないの




と言っていましたが、資料や話では確かに高校生は人数で言うと一番少ないかもしれませんが、18歳以上の方が一番多いようです。





“もっと早く見学にくれば良かった・・・・”



ちょっと後悔してしまいました。






長男に



「体験期間に申し込んでいいの



と、聞くと





「いいよ」      と。





来週、私一人で面談に行き、体験期間の申し込みをして来ます。



二週間くらいの体験期間を経て、入会という形になります。




最初は何をしたらよいか分からないかもしれませんが、慣れてくれば、楽しい場所だと思います





“長男が来るようになれば、下二人も一緒に来るようになるだろうな・・・・”



などと思っていると、長男も同じことを言ったので




「三人で自転車で来ればいいんじゃないの



と、そんな会話をしながら帰宅をしました。

















三兄弟の母の家族問題

前記事でもちょこっと書いたとは思いますが、私自身の事をちょこっと書いてみます・・・




私には二人の姉と弟がいます。(ので私は三番目)


一番上の姉は私より学年で言うと5つ上なんですけど早産れなので実際には4つ上になるのかな。
二番目の姉は私より二つ上で、弟は私よりも二つ下なんですが、早産れなんで実際には三つ下かな。


両親は自営業をしていたので共働きになるんですけど、事務所が家の前にあったので、事務所に行けば母が居たり父が居たり、二人が外出してしまう時は電話番を頼まれたり・・・・

常に両親とは一緒に居ましたが、休みが無いので、家族旅行などはほとんどありませんでした。

唯一行くとしたら、両親の実家に長くても二日位。



小さい時は誰かの誕生日に遊園地や動物園などに連れて行ってくれていました。
ファミレスが出来てからは、誕生日には必ずファミレスへ・・・


父は

「こんなことしかしてやれないから・・・・」


そう言っていたのを、今頃になってふっと思い出します。



そんな行事も、中学生になった頃には出来なくなってしまいましたけどね・・・






一番上の姉は喘息を持っているので、中学時代までは入退院を繰り返していて、家族と一緒に過ごしているより病院に居る方が多かったと思います。
そんな状況だったため、一番上の姉の最終学歴は中学までです。





二番目の姉は頭が良く、中学では学年でトップ10の中に入るくらいの頭の良さ。
高校では大学進学を勧められていましたが、家の家計を考えて就職を選びました。





私はと言うと、中学時代はそんな二番目の姉と比べられるのが嫌で、勉強はしませんでした
一度一生懸命勉強をして、テストに挑んだんですけど、結果は見事に平均並かそれ以下。

“やっても無駄”

そんなふうに思うようになっていました。


中学では特に比べられるので、益々やる気は失せて、下から数えた方が早い位の出来の悪さと、二番目の姉とは真逆になっていました。


高校は地元の市立高へ二番目の姉が通っていたので、市内ではありますが、私は私立高へ入学しました。


高校卒業後、将来雑誌の記事など書けたらいいなと思い専門学校へ通わせてもらったものの、同時にアルバイトを始めてそちらの方が楽しくなってしまい、あっさり退学・・・・
それ以後はアルバイトに明け暮れる日々・・・・



と、自由奔放な生活をしていました。







弟は低学年の時に肺炎に掛り、高熱で片方の耳の鼓膜が溶けてしまい、再生手術を受けました。


それでもどうしても耳が遠いので、イジメに合い、小学二年生から中学卒業まで学校へは登校しませんでした。


そんな弟に母は、やはり教育センターへ通ったり、家庭教師をつけたりしました。


中学卒業後、弟は市外の定時制高校を卒業し、職業訓練校へ通いました。








姉二人と弟の仲と言うと、姉二人はB型同士と言うこともあり、よく言い争いをしていました。



ちなみに父と私と弟がA型で、母と姉二人がB型と、ちょうど半分に別れていました。


若い頃は、私は二番目の姉にしょっちゅうバカにされたり、うっぷん晴らしの標的にされたりしていました。
A型のせいなのかぐっと我慢をし、ある日爆発をする…


そんな関係で、二番目の姉はその“我慢をしている姿が大人ぶっていて、益々ムカつく”そんなふうに言ってもいました。



弟とは割と仲が良く、と言うか、小さい頃両親が留守の間は私が弟の面倒を見ていて、遊びに行く時も一緒に連れて遊んでいたのですが、弟が不登校になってから、弟は外へ出ることを嫌がるようになりました。





家族関係がギクシャクしだしたのは、結婚をしてからになります。


一番上の姉が結婚をして、義理の兄が父の商売を手伝うようになり、娘も産れたのですが、義理の兄と父の仲は良いとは言えませんでした。


私が結婚をし、両親は私が苦労をするのを分かっていたようで、私自身、義母と上手くやってく自信が無く、義理の兄とも父は上手く行っていなかったので、主人を父のもとで働らかせてもらい、実家の近くのマンションヘ引っ越しをしました。



父は外孫でも男の子なので、とても子供達を可愛がってくれます。


それが一番上の姉にとっては気に入らないのです。


姪はそんな母親の感情を知っているようで、長男に対してイジメをしました。


姉は姉で

「〇〇(姪の名)が可愛くないの



と、両親に問い詰めてはわがままと言えるような要求を両親に言っていました。


母が私に

「私の育て方が悪かったから・・・・ 責任は私にある・・・」


そう言いました。


「違うよそれは・・・・ お母さんのせいじゃない。そう言うことじゃないよ・・・」



自分を責める母を見るのが、とても悲しかったです・・・





姉は会社の後継者を義理の兄にしてと、父に常に詰め寄っていました。


父は


「後継者は絶てない 同じ苦労をさせたくない」



そう言っていました。



ですが、経営的にも会社をたたんでしまうのはもったいないと取引業者の方からは言われていて、

後継者にするとすれば、義理の兄よりも主人の方が向いていると、誰かに言ったそうです。



その話の内容を義理の兄がどこからか聞いてきて、姉は激怒。



私に当たり始めました。


「会社を継ぐつもりはない」



そうはっきりと言っていたのに、姉は父が心の中でそう思っていることが許せないようで、取引会社の方にまで


「どっちが継ぐべき もちろん〇〇よね(義理兄の名)」


と、脅しのように聞くような行動をとるようになり、仕事に支障が出かねない・・・




とうとう私の堪忍袋の緒も切れました・・・・・




「そんなに気に入らないなら辞めさせるから





そうして主人には父の会社を辞めてもらい、私が両親の近くにいては両親を苦しめてしまうので、今の家へと引っ越しをしました。








その後の父の会社はと言うと、主人の代わりに弟が手伝うようになり、そうすると必然的に後継者は弟になるわけで、姉の企みは実現出来ないわけで・・・・


義理の兄は酒癖が悪かったようで、酔っては姉に愚痴を延々と言っていたそうです。


そんな姿を姪は嫌がり、

「お父さんと一緒に居たくない」


と言うことで、離婚をしました。



離婚をしたので、父の会社は弟一人になってしまい、父は会社をたたみました。









それ以来、私は一番上の姉とは会っていませんし、会話もしていません。



憎しみや恨みなどは今はありません。


責めるつもりもありません。



ですが、会おうとも思わないし、会いたいとも思えません。











姪は中学で不登校になったそうで、誰かに叱られたりすると半狂乱になったり、リストカット(自殺未遂)をしたりしていたそうです。


両親はそんな姪を一人にさせて置けないと、姉と姪を実家に住まわせていましたが、弟も実家にいたので、姪と弟との関係が上手く行かずに出て行くことになったようです。









弟は主人が嫌いです。



何故嫌いなのかは、聞いたことはありません。(聞きません)



「俺の人生狂わせた」


そう責められました。




弟は出来事の内容を詳しくは知りません。


言う気もありません。




去年、弟とは一応和解はしました。



私のことは許してもアイツ(主人)の事は許さない


弟はそう言いました・・・









主人に私は


「俺の八年間は無駄になった。八年間だぞ


そう言われました。



本人は責めているつもりはないのかもしれません。

ですが、私はその言葉を聞く度、責め続けられました。















現在、弟はやっと独り立ちをしました。(結婚はまだのようですが



両親と姉と姪が一緒に生活していますが、両親は姉の所へ居候のような状態のようです・・・・




二番目の姉は、旦那さんから


「揉め事には関わるな」


と、そう言われていて、深くはタッチしないようにしています。



子供が居ないので、夫婦二人で生活していて、姪ともよく言い争いになってました。


思った事をはっきり言う人なので、姪はカチンとくるような事を平気で言ってしまう子なので


「〇〇(姪の名)はなんでそうなの 謝りなさいっ



と言った感じのようで、二番目の姉からは


「ありえないんだけど・・・」


と、私に電話をかけてきて、そんな出来事を話してくれます。



二番目の姉も婦人科系の持病を抱えています。



たまに合って食事をしたりもします。




ほっとできるのは、やはり姉だからかな・・・・










骨粗鬆症になってしまった母を病院にも連れて行ってあげれない。


心配ばかりをかけさせて、何一つしてあげれない。






私は親不孝者です







そう思うのなら、病院へ連れて行けばいい。


何かしてあげればいい。






出来ないのは、しないのは、ただの言い訳なのかもしれない














細かい事は多少省略してありますが、これが三兄弟の母の現在の家族状況であります・・・・






コタツ破壊・・・

長男と三男が何が原因で喧嘩を始めたのかは思い出せないのですが、三男が放った言葉に対して長男が激怒をし、テレビのリモコンを投げつけようとしました。


それが横にいた私の顔面に直撃・・・



痛みで顔を手で押さえると、手の平に血が・・・・




最初は鼻血と思っていたのですが、なんか違う・・・・




その間に長男は三男に殴り掛ろうとするしで、自分のことよりも長男に殴られて三男は鼻血を出しているしで、これ以上長男が三男に手を出させてはいけないので、長男と三男の間に立ち




「前にも言ってるよね   わかってるの




と長男に言うと、長男は無言で物に当たり始め、ヒーターを蹴飛ばし、コップを床に叩きつけ、コタツをひっくり返して持ち上げ床に叩きつけ・・・・





コタツは見事に壊れました






三男は喧嘩になると長男に殴られるのはもう嫌だと言います。




それはもっともだと思います。



長男を憎いとも言います。




反対に長男も三男が憎いとも言います。






兄弟だからこそ、尚更思う感情・・・・




私にも経験がありますからわかります。



小さい時に二番目の姉からよくいじめられました。



何かあると「ムカつく」と言って仲間外れにされたり、馬鹿にされるのはしょっちゅう。



機嫌が悪いと八つ当たりもされました。




それを黙って耐えているその姿も余計にムカつくとも・・・・




大人になるにつれ、二番目の姉との喧嘩は無くなりました。




その変わり、一番上の姉から「私ばかりが可愛がられてズルイ」と言うようなことを言われたのです。




男兄弟も女姉妹も、その辺は変わらないんですね。


兄弟って、周りから比べられたりもしますし。





長男は良く


「弟なんていらない」


そう言っていました。




兄弟がいると、いろいろ面倒だったりもしますけど、兄弟が居るからこそ、学べることもたくさんある。



なんせ親よりも身近にいる反面教師なのですから・・・・




私もこんなふうに思えるのは大人になったからかもしれません。





子供達がそう思えるようになるまでには、まだまだ時間がかかります。




それまでとことん、付き合っていかなくては・・・・・






私の傷はと言うと、ちょうどほうれい線の辺りに1㎝位の切り傷があり、腫れがあったので冷やしていると、目がしらの所からちょうど隈が出来る位置に内出血をしたようで赤紫のあざが・・・・



明日は出勤だし、しばらくマスクが必需品かな・・・・




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